【これまでのあらすじ】
悪の総帥モリアーティ教授を降霊術で
呼び出そうとしたホームズたちだが、
ボヘミアに行くことにする。
稀代のハガキ職人アイリーン・アドラー嬢の
ボヘミア亡命を阻止するためだ。
パスポートも無事取得してボヘミアの王都
プラハにやってきたのだが、
聖ヴィート教会の地下迷宮でホプキンス警部が
謎の怪人物に誘拐される。
何とか助け出したホプキンス警部を男爵令嬢に仕立て
上げようとする。
その演出のために女性をバイトで雇おうとするが、
なんとその女性がアイリーン・アドラー嬢だったのだ。
アドラー嬢はホームズ達に挑戦的な言葉を吐き、
去っていった。
ホームズ達は亡命事件の謎を解くために
闘志を燃やすのだったが、なんと衆人環視の場で
ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子が失踪してしまったのだ。

 
  

ああ…。
男装のホプキンス君を想いながら
女装のホプキンス君を目の前に…
なんて倒錯的な官能なんだ…

一言で言うと変態だな。

 
 
しかしいったいどういうことなんだ
衆人環視の場で失踪とは。
まったくだよ、人が見ている前で消えるなんて
まるで魔術だ。まったく不思議だ。
 
   

はっはっは、世の中に不思議なことなど
何もないのだよ、ワトスン君 。

よくわからないがたぶんそれは
君の言葉ではないのではないのか 。

 
   

先日も自分は不思議だと名乗る
老紳士にあったが、よく話を聞いて
みると、ただの技師麩、つまり技師の
麩だったよ。

その現象自体が不思議だよ。

 
   

つまり、どんなことでも人智の及ばない
ことなどないのだ。ふしぎなことがあると
いうのは単にその人の人智が足りない
からだ。人智が足りないのは人智そばを
食べていないからだ。人智そばを食べて
いないのはまだ大晦日になっていないか
らなのだよ。

それで、ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子が消えたというのは
どういう状況なんだい、レストレード警部 。
 
   

はい、先ほどまで宮殿の
「黒ツグミの間」 で、午後のお茶会が
ひらかれていたんです。

参加者は私達とヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子のほかに、ゼークト伯爵夫人、
カイテル子爵夫人、ガベルスベルガー嬢、
シュテンハイム嬢、オットマン少尉。
あとは、女官が3人ほど。

 
   
ああいい、いい。
このような高貴な場の事件では
そのような下賤のやからは真相に
かかわったりしないものだよ。
しかし、真犯人の手先ということも
あるだろう?
 
   

よしんばそうであっても
どうせ真相をしゃべろうとしたら
口封じされてしまうようなやからさ。
調べるだけ無駄だよ。

いいのかそれで。  
 

じゃ、最初から順を追って話してくれ。
どんな細かいことももらさず、だ。

はい、私たちがその黒ツグミの間に
案内された時には、すでにゼークト伯爵夫人が
席につかれておりまして、それから、ガベルスベル
ガー嬢、シュテンハイム嬢、カイテル子爵夫人、
オットマン少尉の順で入ってこられたのです。
ほとんど時間的な差はございませんでした。

 
 
ふむ。席順はどうなっていたのだね。
 
私の側の席は順にガベルスベルガー嬢、
シュテンハイム嬢、私、カイテル子爵夫人の順、
そして向かいの側はゼークト伯爵夫人、
そしてひとつ空きの席、そしてヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・オルムシ
ュタインボヘミア国皇太子、 オットマン少尉の順
でした 。
 
 

空き?

ええ、私も気になっていたのですが、
どなたも気に止めておられないよう
でしたので、なんだか聞けずに…。
 

ふーむ、じゃ、ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子
以外の全員がそろったところから
続きを聞かせてくれたまえ。

はい、
私たちが席についてから10分ほどは
ヴィルヘルム殿下もお見えにならず、
私はシュテンハイム嬢とお話していました。
ヴィルヘルム殿下が大英帝国からご帰国の
後のことをお聞きしましたけども、宮廷に
アイリーン・アドラー嬢らしい方が現れたと
いう話はありませんでした。
 
 
ふむ、
で、その後 ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子が
来た時に妙なことはなかったかね。
いえ、いつもと変わらぬ涼しげな笑顔で、
軽やかな足取りで入ってこられました。

 
 

…それで、ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子が
来てからどんな話題があったんだね。

はい、ヴィルヘルム殿下が席につかれて
すぐにゼークト伯爵夫人が
「ご婚約おめでとうございます」と
声をかけられますと
「違いますよ夫人、それは単なる噂です。」
とヴィルヘルム殿下は否定されまして。
どうやらヴィルヘルム殿下の叔父上の
オルムシュミット大公が、 ヴィルヘルム殿下に
縁談をしきりと進めておられるのです。
 
 

ふーむ、ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子に
自分の勧めた娘を嫁がせれば
次期ボヘミア国王の
ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子への
オルムシュミット大公の影響力は
否が応でも強まるからな。
よくある政略結婚だよ。

それから、たわいもない話が
つづきまして 。
 
 

いや、たわいもない話も
手がかりになるかもしれないんだ。
教えてくれたまえ。
ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子との
たわいのない話を。

え、でも…。  
 

いや、本当に大事なんだ
教えてくれたまえ。
ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子との
たわいのない話を。

はい、あの…
ヴィルヘルム殿下は私のことを
お聞きになりまして…
 
 

ほう。

あの…。  
 

ほう。

その…。

 
 

ほう。

あの、ヴィルヘルム殿下が
私のことをなんだか
お気に召されたそうで…。

 
 

ほう。

父上の、あのマッケンゼン男爵の
ご許可が得られたら、このボヘミアで
しばらく暮らしてみないか、なんて…。
 
 

ほお。

それであの、そういったことを
お話しているうちに、ヴィルヘルム殿下が
私の写真を撮りたいとおっしゃられて。
ああ、ヴィルヘルム殿下は写真がご趣味
なのだそうで、それで写真機を取りにいか
れようと、先ほどお話した、誰もおられない
席の後を通られたときに、すうっと…

 
 
ふむ。
その席というのは窓は近いかね
いいえ、扉も窓も大変遠いところでした。
もちろん、床にも分厚いじゅうたんが
ひかれておりまして、その下に隠し通路や
落とし穴があるようには見えません。
もちろん近くに隠れられるようなクローゼット
などもありませんし、椅子もテーブルもいたって
普通でした。
それに、ヴィルヘルム殿下が消えた時、
他の列席者の方も席からお立ちになったりする
するような、おかしな行動をとったりされる方は
おられなかったのです。
 
 
ふむ、さすがはホプキンス君。
ちゃんとまわりをよく見ている。
それで、 ヴィルヘルム・
ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・
オルムシュタインボヘミア国皇太子が
消えた時のまわりの反応は?

はい、それがですね。

 
 
お前には聞いてねえよっ!
はい、もちろん皆さんあわてて
衛兵を呼んだり、じゅうたんをはがして床を
調べたりとか、なさっていたんですが、
ちょっとカイテル子爵夫人の反応は
おかしかったような気がします。
 
 

ほう、それはどんなふうに?

どう…とはうまく言えないんですけど…
なんだか妙な感じでした。
こんな格好しているせいか、
女のカンってものがあるのかもしれませんね。

 
 

はっはっは、それはいい。

それにしても、ヴィルヘルム殿下、
どこに行ってしまったんでしょうね、
無事だといいんですが…。
 
 
そうだ、もうひとつ聞いて
おきたいことがあるんだ。

はい、なんでしょう。

 
 

その…君はさっきから
ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子のことを
ヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子と呼ばずに、
ヴィルヘルム殿下って、呼んでるね。

 
あ。  
 

…どうしてだい?

あの…
ヴィルヘルム殿下が、堅苦しい呼び名で
なくてもいい、「ウィリー」でいいって
おっしゃったんですけど、それはあんまり
おそれおおいって、それで…。

 
 

ほう。そうか…そうなのか…

それでですねえ。

 
 

ぎゃあおっ!

あっはっは、痛い痛い痛いですよう
ホームズさん。
 
 
ぎゃうっ!ぎゃうっ!ぎゃうっ!
おい、そんなことしてる場合じゃ
ないだろうが。
 
  

はゆわっ!はゆわっ!はゆわっ!
はゆわっ!

ああ…ヴィルヘルム殿下…
 

 

なんとヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子が!
はたしてヴィルヘルム・ゴッツライヒ・
ジギスモント・フォン・オルムシュタイン
ボヘミア国皇太子失踪の犯人は!?
つづく!前回と同じ!

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