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新聞を見たところ
最近は大きな事件ばかり相次いで
いるようだね。 |
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そうだねえ。
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ここ一週間でも新内閣が発足したり、
ウィンズレイ伯爵の長女が失踪したり、
海軍で新型艦艇が謎の爆発をとげたりと。 |
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いろいろあったねえ。 |
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それなのにその事件のどれにも僕が関わっていないということはどういうことだね。
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普通そうそう関わるものじゃないと思うがねえ。
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君のような凡愚ならともかく、僕は高名な探偵だよ?
通常首相が辞を低くして依頼してくるのが筋というものだろうが。それをいまだに菓子折りどころか挨拶一つよこさない。今度の首相はよほどの阿呆か間抜けだよ。 |
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まあ君のことをよく知っているのであれば
有能な首相だと僕は思うがね。 |
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ひょっとしたら大英帝国の繁栄を
ねたみそねむ諸外国により送り
込まれた謎のスパイかもしれない。 |
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目立つスパイだなあ。 |
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僕の兄のマイクロフトからも連絡がないところを見るときっと兄も丸め込まれてしまったに違いない。 |
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別に怪しむべきことがないから連絡がないんじゃ
ないのかね。
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憎むべき首相め!
僕の兄に蕎麦ぼうろを贈りつけて篭絡するとは!汚いやつめ! |
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偉く安く篭絡されるんだなあ。 |
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ワトスン君!ここは20世紀初頭の
大英帝国だ!
蕎麦ぼうろは日本ならともかくここでは入手不可能なんだよっ!
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だったら篭絡されるほど好物になる状況が
よくわからないけどなあ。 |
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狡猾なる首相め!
僕の兄が目にしたこともない蕎麦ぼうろを
好物にさせた上で贈りつけて篭絡するとは!
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回りくどいことこの上ないなあ。 |
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とにかく胸糞悪いことこの上ない世の中だということだよ。
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なにがとにかくだ。 |
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とたとたとたとた
ホームズさんホームズさん、
お客様ですよお客様。
とたとたとたとた
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ほら、何か事件の以来があったらしいぞ。
少しは気もまぎれるだろう。
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どうしたね。 |
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実は僕はそれほど事件が好きなわけ
じゃないんだよ… |
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何をいまさら。
事件が好きで探偵になったんじゃないのかね。 |
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鉄道の駅員だって吐瀉物の処理が好きで
駅員になったわけじゃないだろう? |
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それがメインの仕事じゃないだろう。
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とにかくまあ事件のことを考えると
気が鬱になってくるわけだよ。
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そうはいってももう依頼人がドアの前にいるような
状況だぞ。 |
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やれやれ、引き受けなければならないのか。
断るのも面倒だしなあ。でもなあ。
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うだうだするな。 |
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ああいやだいやだ。
もう何もかも捨ててカプリ島にでも
隠棲したい…。
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キキキキキキイッ!
いつまで待たせるんですかああっ!
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うわあっ!
な、なんだね、人の家に土足で、
いや土自転車でっ! |
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大英帝国なんだから部屋に靴を脱いで
あがるということはないでしょうがっ!
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わかればいいんですっ! |
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ああっでも部屋のあちこちを疾走するのは
やめておいたほうがっ! |
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なぜですかっ!
自転車は疾走するものでしょうっ!
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わかればいいんですっ!
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私の名前はバイオレット・スミスっ!
音楽教師をしているものですっ!
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そ、そうですか…
ああ、あんまりベッドの上は走行して
もらいたくないのですが… |
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わたしはファーナムの近くのチルターン農場の
カラザースという方の家庭教師をしているの
ですがっ!最近そこでおかしなことばかり起こるの
ですっ! |
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私はファーナムの駅から農場まで自転車に
乗って向かうのですが、最近はそのあとを
おかしな男が自転車に乗ってついて来るの
ですっ!
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どんな沼地をとおっても、どんな渓谷をとおっても
どんな砂漠をとおっても、一定の距離を開けて
男はついてくるのですっ!
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一度、気になって逆に尾行してみたのですがっ、
火山の噴火に阻まれている間にまかれてしまってっ!
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ホームズさんっ、私はもうすぐ結婚するんですがっ、こんなことがあっては不安で仕方ないんですっ! |
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ホームズさんっ!なんとかあの男の
正体を暴いてくださいっ!
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まあ…それはいいんですが…
その…床に散らばった黒焦げの紙は
いったいなんですか?
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まあっ。
この事件の詳細を記した紙を
落としてしまったようですね。
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しかたありませんわっ、
もう10分ほどお待ちいただけますかっ!
私の婚約者が細かい説明をしてくれ
ますからっ!
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ワトスン君、なんだか僕は少し嫌な
予感がするんだが。
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君もか、ホームズ。
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彼女の婚約者で、貿易会社ということは
船乗りなんだろう。
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おそらくそうなんだろうな。 |
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とたとたとたとた
ホームズさんホームズさん、
お客様ですよ。
とたとたとたとた。
ぐらぐらぐらぐら。
ごわんごわんごわんごわん
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わああああああっ!
やっぱりいいっ!
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ロンドンの真ん中に船で乗り付けるなあああああっ |
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ボ―――――――――――――――――。 |
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