開催期間 2003.11.30-12.7
第29回嘘競演。テーマは「隠す+(推理お題)
コバ議長 INTER-FLY


蝉しぐれ
夏の風物詩であるアイスキャンデー。
棒にあたりがあるのも古きよき伝統である。

「おのれ、もう一本!」
「殿っ!もうおやめくだされ!」
「何を言うかっ!あたりをひくまではこの門田直光、決して
アイスを食うのをやめぬぞっ!」
「ああ、このままでは殿の腹が下痢に…いかがいたしたものか…」

しゅたっ。

「ご安心くださいませ、ご家老様。」
「おおっ、影丸かっ!」
「このようなこともあろうかと、拙者、アイスに隠されたあたりを
瞬時にして見抜く術を身につけましてございます。」
「なるほど、そのアイスを殿に渡せば、殿の面目も立つ!早速
やってみよ、影丸!」
「はっ!甲賀忍法、透見眼の術っ!」

…この時、影丸は見てしまったのだ。目の前にいる家老の心を。
そんな…ご家老様が…拙者に…家臣同士で…いけない!
心の動揺を悟られぬよう、あわててアイスに目を向ける、
だが、その前にあったのはアイスを食べる殿の姿である。
そんな…殿が…ポチに…バナナで…いけない!


「いかがした、影丸?」

夏空の下に響くは蝉時雨ばかりである


過去との対話

長きに渡った江戸時代も、薩長を中心とする反幕勢力の力によって
終止符が打たれた。長州藩の宗主毛利氏は、関ヶ原合戦では
西軍の盟主に祭り上げられていた。一族の吉川広家の奔走、
小早川秀秋の東軍への裏切りなどもあり、なんとか廃絶されずに
すんだものの、江戸時代を通じて毛利氏は幕府からは冷ややかな
眼で見られていたのである。いわば明治維新によって260年の
あだを返した、といってもよいであろう。

三郎「ということは知っておるじゃろう、四郎。」
四郎「むろんのことじゃ、兄上。父上から何度となく聞かされた
のでのう。 」
三郎「ご一新なった毛利家は公爵じゃ。いわば我が国第一の
名門の一つというわけじゃ。当然かつて「毛利の両川」と並び
称された吉川と小早川の両家も、褒め称えられるべきであろう。」
四郎「むろんのことじゃ。」
三郎「吉川の家は現在まで続いておるが、小早川家は江戸時代の
はじめに絶えてしもうた。そこでわしが小早川家再興のために
毛利の本家から養子に参ったというわけじゃ。知っておるな四郎。」
四郎「むろんのことじゃ。」
三郎「それでじゃ、見てのとおりわしはもう長くはない。」
四郎「むろんのことじゃ。」
三郎「わしには子がないゆえに弟のそなたが小早川家を継ぐ。
そして小早川家を大いに繁栄させねばならんのじゃ。 」
四郎「むろんのことじゃ。」
三郎「そこでそなたには、わしがやり残した、小早川家再興計画を
引き継いでもらわねばならんのじゃ。 」
四郎「再興計画じゃと?」
三郎「うむ、宗家にも皆にも内緒にしておった計画じゃ。そなたなら、
必ずやりとおしてくれると思っておる。詳細はここに書き記してある。
それではの。 」
四郎 「あっ!兄上っ!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
「三郎ー!」
四郎「誰じゃお前らは!」


小早川家を継いだ四郎による小早川家再興計画は
難航を極めていた。はたして自分にやりとおせるか、
四郎も自信をなくしかけていた。

八郎「兄上、調子はいかがでございますか。」
四郎「おお、わしの弟で西園寺家に養子に行った八郎では
ないか。さっぱりじゃよ。」
八郎「それにしても父上のネーミングセンスは
少し考えたほうがよいのではないですかな。」
四郎「まあ、いまさら言うても仕方ないことじゃ。
で、何の用じゃ。 」
八郎「兄上に頼まれたものをお持ちいたしました。西園寺の
父に無理に頼んで貸していただいたのです。」
四郎「うむ、ご苦労だったの。では帰ってよいぞ。
茶も出さんですまんかったの。 」
八郎「…兄上、それはあんまりではございませんか。
これを貸していただくのに私がどれほど苦労したか。
わけぐらいは教えていただけないのですか。」
四郎「…それはできん。我が家の、いや我が家だけでなく
毛利の本家の恥となることじゃからの。 」
八郎「水臭いことをおっしゃいますな。私とて、今は
西園寺家のものですが、もとはといえば毛利家の人間です。
毛利家の為ならば私はいつだって一肌脱ぐ覚悟です。
さあ、お話くださいませ。」
四郎「…わかった。そこまで言うのならば、話そう。
茶は出さんでよいか? 」
八郎「出してくださいませ。」
四郎「…まずは、こっちにきてくれ。この部屋の中を見るのじゃ。
驚くでないぞ。」
八郎「なんですって。あっ!」

四郎が扉を開けると、幾十人もの鎧兜を身に着けた
武者達が一斉に振り返った。腰を抜かしてひっくり返る八郎を
見る顔は、皆同じ顔なのであった。

八郎「うわあああ!あ、兄上、こ、この者たちは一体…。」
四郎「八郎、失礼じゃぞ。ご先祖様に対して。」
八郎「ご、ご先祖様…?」
四郎「うむ、ここにおられるのはわしと、兄の三郎が十数年にわたって
呼び出したご先祖、小早川秀秋公じゃ。 」
八郎「よ、呼び出した…?」
四郎「兄上は200年以上絶えておった小早川家を再興するという
かつてない使命に燃えておられた。じゃが兄上は生来の病弱。
とてもそのようなことが一人でできるとは思えなかったのじゃ。
そこでじゃ、小早川家の先祖である、名将小早川隆景公を
呼び出して、小早川家再興のために力を貸してもらおうと、
日夜秘術をつくして呼び出しておられたのじゃ。 」
八郎「ううむ、たしかに毛利家隆盛の力となられた隆景公ならば、
どのような難局も乗り切られるでありましょうな。 」
四郎「ひょっとしたら小早川家の隠し財産なども教えてくださる
かもしれんでの。」
八郎「しかし呼び出す秘術というのはいったい…」
四郎「しかし、どうも何が悪いのか失敗ばかり。呼び出されるのは
秀秋公ばかりじゃ。」
秀秋「失敗とはなんじゃ!」
秀秋「わしのほうが歴史に名を残しとるぞ!」
八郎「裏切り者としてじゃないですか。」
四郎「こうして家の中にこんなにたくさん秀秋公がおられると、
いつ裏切られるかと、ひやひやしておる日々なわけじゃよ。」
秀秋「勝手に呼び出しておいてなんじゃその言い草は!」
秀秋「お前をどうやって裏切れというんじゃ!そもそも敵は誰じゃ!」
秀秋「たった一回の裏切りで人間性を否定するな!」
四郎「今度こそは失敗はできん。なんとしても隆景公を呼び出したい
のじゃ。こんな役立たずな上に裏切り者の秀秋公ではなくてな。
まあ所詮小早川家とは縁もゆかりもない秀吉の親戚が養子に入ったに
すぎんからな秀秋公は。 」
秀秋「どこまで馬鹿にする気じゃ!」
秀秋「だいたい隆景公にしたって本来の小早川家とは縁もゆかりも
ないではないかっ!」
秀秋「毛利元就公が小早川家をのっとるために送り込んだ養子ではないか!」
秀秋「正しい歴史認識をしろっ!」
四郎「隆景公が現れれば、こんな有象無象の秀秋公もきっと
なんとかしてくれるに違いないと思うわけじゃ。そこで、おぬしに頼んで
おったあれの出番というわけじゃ。」
八郎「あ、あれでございますか。」

西園寺家は藤原一族の名門。代々朝廷の高官をつとめる家柄だった。
当然ながら、豊臣政権の五大老の一人として活動する小早川隆景とも
付き合いがあって当然である。

四郎「西園寺家に伝わる太刀、菊風。さすがに素晴らしい刀じゃの。」
八郎「西園寺家の家宝でございます。兄上、これをいったい…。」
四郎「わしが古い公家の日記を調べておるとな、ある時西園寺家で
茶会が開かれたおりに隆景公が招かれた、ということがあったそうじゃ。
その際、たまたま不安定な棚の上に置いてあった菊風が、何かのひょうしに
隆景公の頭の上に落ちてきたのじゃ。 」
秀秋「家宝を不安定な棚の上においておるというのはいかにも不自然じゃの。」
四郎「額を割られた隆景公の頭からは血がざあざあ。青くなった西園寺家の
先祖は平謝り。しかし隆景公はわらって、「屋敷に入りたる武士に斬りかかるとは
天晴れ、さすが西園寺家累代の家宝でございますな。 」と笑ってその場を
丸くおさめられたということが書いてあったのじゃ。 」
八郎「さすがは隆景公ですね。」
秀秋「そうかのう。」
秀秋「そうかのう。」
四郎「そこで西園寺家の先祖も、名将の血がついたこの刀は、たいそう縁起が
よいものじゃとして、鞘と柄についた血をそのまま残したということじゃ。」
秀秋「そのへんは鳥居元忠が切腹した血がついた板を寺の天井に使ったり、
坂本竜馬が斬られた時に飛び散った血をそのまま残しておいたりする京都人
らしい感性じゃの。」
八郎「おお、たしかに菊風には血のようなあとがついております。これが隆景公の
血でございますね!」
四郎「うむ、その隆景公の血を儀式につかえば、こんなしょうもない裏切り者で
小心者で曲がったキュウリのような秀秋公ではなく、隆景公を呼び出すことが
できるに違いないのじゃ。 」
秀秋「まったくだまっておれば悪口雑言の限りをつくしおって!」
秀秋「わしらにも我慢の限度というものがあるぞっ!」
秀秋「また裏切るぞっ!」
四郎「ひいっ!それだけはご勘弁を!!」

小早川家の庭は黒い幔幕で覆われている。それがいっそう夜の闇を深くしていた。
円形に並べられたたいまつが夜の闇を照らす。なにやら奇妙な記号が墨痕
麗しく書かれた紙が並べられている。中央には件の名刀、菊風が、真新しい
桐の三宝の上に安置されていた。

四郎「これで準備はできたの。あとは呼び出すだけじゃ。」
八郎「本当に、これで隆景公が呼び出せるのですか?」
四郎「まあ、呼び出せるということは間違いないの。これまで腐るほど
秀秋公は呼び出したのじゃからな。問題はそれが隆景公であるか、
ということじゃ。 菊風についた隆景公の血、それだけがたよりじゃ。」

闇はいよいよ深くなる。声を立てるものも無く、静かである。 ひびく音は
めらめらと燃えるたいまつの音と、秀秋たちが食べるせんべいの音のみである。

秀秋「どうかのう。」ぼりぼり
秀秋「また失敗ではないかのう。」ぼりぼり
秀秋「自分で失敗というのはやや切ないがのう。」ぼりぼり

四郎「きえーーーーーいっ!」

四郎の声が闇を貫いた。突如すさまじい風が巻き起こり、
たいまつの火がすべて吹き消された。残ったのはまったくの闇。
八郎たちは、闇の中で声も出せずに立ち尽くすのみである。

八郎「あ、兄上…。」
ようやく八郎が声をあげた時、向かいの今枝男爵家が奇声に
驚いてつけた明かりがうっすらと庭にさした。そこには、あきらかに
今までいなかった人物が立っていた。

四郎「成功じゃ…。あの立派な体格…秀秋公とは違う…。」
八郎「隆景公…ですね…」
八郎の問いかけに、その人物はかすかに、だが確かに、首を横に振った。

「いや、違いますよ。わたし、原田、といいます。原田熊雄です。
どうぞよろしく。」
八郎「あ!西園寺の父の秘書、原田!」
四郎「何いっ!?なぜ西園寺公の秘書の原田が!?」
八郎「そういえば!西園寺の父が菊風を不安定な棚の上に置いて
おいたところ、原田の頭の上に落ちて、それはもう大騒ぎだったと
聞きました!」
四郎「ということは、これは原田の血かっ!ええいしょうも無い!」
八郎「しかし西園寺の父は秘書が二人になって便利になるでしょうね!」
四郎「もう一度じゃあ!新しい血をふいて、今度こそ隆景公を
呼び出すのじゃ!」

四郎は再び秘術の儀式に取りかかった。しかし、隆景は現れない。
現れるのは、大杉、武藤、内藤、姉小路、宮前、榎本、花沢、
金本、岩井、藪、谷中、音羽、木村、勅使河原、犬山、時田、
錦小路、海老沢、村田、広尾、佐藤、鈴木、元西、岩倉…。

八郎「一向に出てきませんね、隆景公。」
秀秋「いろいろな時代の人間が出てくるのう。」
四郎「…西園寺公に言っておけ、絶対に家宝を棚の上に置くな!」

氷室、油小路、花山院、勧修寺、菊亭、大田黒、吉田、吉村、
東海林、 岡崎、坂東、勘解由小路、広沢、町田、大貫、江藤、
高倉、鮒村、大林、京本、大仏、松平、加藤、長崎、大道、寺平、
鷲尾、六角、伊集院、村上、金沢、徳大寺、飛鳥井、土御門…。

 

歴史に隠された真実、それは時としてひどく残酷で、重い。
だが、その真実と向き合うことによって初めて、人は大きな教訓を得るのである。
不安定な棚の上に家宝を置くと、落ちる――――。
人は、この過ちを二度と繰り返してはいけないのである。


知識の沼

「世界で最も有名なへそくりは?」
門田泰光作、三宝院額縁裏寛永通宝。
直径5m25cm、重量330kg。
現存するへそくりとしては世界最古にして最大。


シリーズ・まちのゆくえ(6)

山間の静かな町である押方市は、昨年の10月、大きく揺れた。
当時の収入役を中心とした一部の職員による巨額の裏金づくりが発覚したの
である。収入役ほか多くの職員が逮捕された。当然ながら町長である、村越
一三市長(53)の関与も疑われた。村越市政は6期24年の長期政権であり、市
政を私物化しているという批判も強かった。収入役を任命した村越市長が裏
金の存在を知らないわけが無い―――市議会野党の追求は強まった。
村越市長は選挙で信を問うとして辞職し、市長選挙が始まった。全国からの
注目が集まる中、市議会野党は統一候補を立て、市政の情報公開、裏金の真
相の徹底追究、など透明性の高い市政の実現を呼びかけた。
しかし、それに対抗する村越市長の戦術は驚くべきものであった。
――隠し事のある街づくり――。今までに無い、このキャッチフレーズは、
有権者達に大きな衝撃を与えた。 透明性のある、公開された街なら、どこに
でもある。ならばその逆の隠し事だらけの街を作れば、この押方市は世界で
唯一の街になるのではないか―――。村越市長の7選は、この時点ですでに
決定付けられていた、といってもよいだろう。
あれから一年、押方市は大きく変わった。現在では市役所を見つけるのも
至難の業である。市民以外が市の領域を見つけるのもほぼ不可能に近い。
300人規模の山狩りをして、3日後にようやく見つけた押方市民の若山源蔵
さん(23)はこう語る。「最初は戸惑いも大きかったですが、現在ではこの
生活を楽しんでいます。昔、かくれんぼをしていると、隠れているだけなの
になんだか楽しくなってきますよね。あれと同じです。」そう語っている若
山さんの姿は、大量の砂が降りそそいであっという間に隠されていった。
「隠したことで、かえって市民の連帯感が強くなった。」角砂糖をなめる村
越市長の顔には、市政への自信がみなぎっていた。「今まで市という存在は
目には見えていたけれど、日常となってしまっているがためにかえって無関
心になってしまっていたんです。隠されたものを見つける、誰だってわくわ
くするでしょう?そのわくわくを、市に対してもってもらう、それが、私の
やりたかったことなのです。」
市長の言葉を裏付けるように、投票率98%(投票箱を発見できた者のうち)
という驚くべき数値をはじき出した今年の夏の市議会選挙では、与党が大き
く議席を伸ばした。村越市政は市民に認められたといってもよいだろう。
認めたのは市民だけではない。全世界からの観光客も大きく増加した。土中
土産物屋の件数では世界一となり、ギネスブックにも掲載された。単なる一
地方都市から、世界の「オシカタ」となる日も近い。そんな声も土中から聞
かれる。観光産業の発展で税収も大きく増加し、破綻寸前であった市の財政
は大きく好転した。また、財政好転には毎月の給料を隠して支給する行政改
革も大きな貢献があったとの見方もある。毎月25日に街中を掘り返す市職員
の姿はすっかり市の風物詩になった。
このような、たった一年での市の大きな変化―――。まさに、「マジック」
である。村越市長はどんな手品を使ったのだろうか。いや、手品ではない。
透明性、情報開示が叫ばれる行政の流れの中で、あえてそれに
逆らうことで、存在感を作り上げる―――。これもまた、新しい市政の形で
はないのか―――。左足のトラバサミを引きずりながら洞窟へと消えていく
村越市長の後ろ姿に、そんな思いを強くした。


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