いや、冬になれば毎日毎日霧のロンドンも
5月ともなればさすがにさわやかだね。

 
  

そうだね、さわやか過ぎてなんだか
胸焼けがするよ 。

せっかくさわやかなのに
なんでそんないやなことを言うんだね、
ホームズ。

 
 

わからないかね?ワトスン君。
僕は心の底から探偵業が好きなんだ。
探偵の仕事といえば、
財産争いや痴情のもつれ、
いわば人間のさわやかじゃない部分を
全面的に受け持つ仕事なんだ。

…まあそうかもしれんがね。
 
   

いわば僕はこの世のさわやかでないことが
心の底から大好きなのだよ。

…いやないわばだなあ。

 
   

だからこの僕は、さわやかなことが
大嫌いだ!

まったくなんというか
どうしようもない人間だな、君は。

 
   

と、いうわけで僕はさわやかなことを
極力回避して生きてきたのさ。
もし万一さわやかなことに
であった場合には、
自動的に体が吐き気を催し、
いやがうえにもさわやかでない
状態にするように、
体を訓練したのさ!

何の訓練だよ。

 
   

東洋の嘔吐術「ゴブア」さ!

……。

 
   

ところで僕が唯一すがすがしい気分に
なれるさわやかさを持つ彼…
ホプキンス警部がここに来るはずなんだが。

…あんまり警察沙汰にならないくらいに
してくれよ。
まあ彼も警察官だけどな。
 
   

とりあえずハドスン夫人に
支度をお願いしよう。
おーい、ハドスンふじーん!

とたとたとたとた。
何ですかホームズさん。
とたとたとたとた。
 
 

ああ、ひとつ買い物お願いしますよ。
とびきり上等のスコッチと、
とびきり下劣なスコッチと、
とびきり上等のローストビーフと
とびきり醜悪なローストビーフを
買ってきてください。

なんだよ、
その下劣なとか醜悪なとか。
まさか僕に食わせるんじゃないだろうな。

 
 

はっはっは、
あんしんしてくれ、ワトスン君。
君の分はちゃんと別にあるよ。
昨日買っておいたとびきり普通な
スコッチととびきり普通なロースト
ビーフがあるからさ。

 
…なんだかそれもなあ。
で、醜悪なのは誰が食うんだい。
 
 

レストレードだよ。
あの、下劣で、醜悪な、
やつには、この、普通の、
ローストビーフも、もったいないわっ!

何をそんなに怒ってるんだい。
そりゃ多少は性格に問題はあるけども
さわやかな好青年だよ。
 
 

だからだよ、ワトスン君。
――ああ、ハドスン夫人、
それをだね、
ジョンソン上等商店と
マクレガー下劣&醜悪商店で
買ってきてください。

はいはいわかりましたわかりました。
お買い物は以上ですか以上ですか
以上ですか以上ですか。
 
 
ああ、そうだ、忘れていた。
ブリュワー通りの
沖縄県物産センターで
ヤギの首を買ってきてください。
できれば黒いやつがいいな。
や、ヤギの首!?
い、一体そんなもの、何に使うんだい!?
 
 

きまってるじゃないか、
わかりきったことを聞くもんじゃないよ
ワトスン君。
ああ、それでお願いしますよ
ハドスン夫人。

はいはいはい、
わかりましたよホームズさん
ホームズさん。
とたとたとたとた。
 
 

ふう、これで一安心だ。
何しろ昨日は
エドガー普通商店しか
行けなかったからな。

だから、何に使うんだよ、
ヤギの首を。
 
 
決まってるじゃないか!
黒ミサだよ、黒ミサ!
く、黒ミサ!?
そ、そんな神にそむくようなことをしていいのかい!?
 
 

まあその点は僕としても大いに
気にかかったんだがね。
何しろ我がホームズ家は代々
英国国教徒だ。
で、カンタベリーの大司教にそのへんは
聞いてみたんだがね。

そんなもの、許してくれるわけないだろう。  
 

いや、黒ミサを行った後は、
ぬるま湯でよくもみほぐすようにして
洗い流せば大丈夫とのことだ。

そんな瞬間接着剤のはがし方みたいな
ことでいいのか?
 
 

まあこれで
心置きなく黒ミサができるわけだよ。
エコエコアザラク。

しかしまあなんでまた
黒ミサなんか。

 
 

うむ、それはだね…。

こおーんにーちわー!!
レストレード警部でーっす!

 
 

うげえええええっ!

東洋の嘔吐術「ゴブア」!  
 

うううっ!
何しにきやがった、
このレストレード君っ!

あっれー!?
忘れちゃったんですかー!?
決まってるじゃないですかー!
モリアーティ教授の逮捕、ですよ!
 
 

おうっ!
それだっ!
いいことを言ったっ!

 
モ、モリアーティ教授?
確か彼は行方不明になったんじゃ…
ライヘンバッハの滝に落ちて…
 
 
そうか…ワトスン君は
記憶を消してあるんだな。
そこでモリアーティ教授のことに
関してはそういったことに
自分の中で処理してあるわけだ。
「最後の事件」「空き家の怪事件」
参照してもらいたいですね!
 
 
ああ、だがしかしわざわざ読むほどの
ことでもないがな!
ハーッハッハッハ!

ハーッハッハッハッ!

 
 

なんだかわからんが笑うなっ!
大体モリアーティ教授を逮捕って、
ロンドンにモリアーティ教授が
あらわれでもしたのかい?

いえ、どこにいるのかさっぱりわかりません。
 
 

じゃあ一体どうやって逮捕…。
!まさか!

そうなんですよワトスン博士。
さすがお分かりが早い。
黒ミサですよ黒ミサ。
黒ミサでモリアーティ教授の行方を
突き止めようというわけなんですよ。
人智を尽くして、神に祈ってもだめなら
あとは悪魔にすがるほかないというわけですよ。
まあ犯人逮捕のためなら魂ぐらい売っても
かまわないという奴らが山ほどいますからね。(笑)
 
 
おおっ!ホプキンス君!
来てくれたのかマイスイート!
今、ハドスン夫人がヤギの首と
とびきり上等なスコッチととびきり上等な
ローストビーフを持ってきてくれる!
それまで待っててくれたまえ!

うわー。ホプキンス警部、
薄っぺらな人間のくせに
ずいぶん歓迎されてますねー。

 
 

黙れっ!黙れっ!黙れっ!
びしっ!ばしっ!どすっ!

 
はっはっはっは、
痛い痛い痛い。
 
 

うげえっ!

嘔吐術はやめろっ!  
 

とたとたとたとたとた。
おやみなさんおそろいで
おそろいで。
とたとたとた。
ホームズさん、ホームズさん、
買ってきましたよ買ってきましたよ。

なんだかものすごくでかい紫色の
塊があるが…
多分あれが醜悪なローストビーフ
なんだろうなあ…。

 
 

やあ、待っていましたよ。
では早速黒ミサにうつるか。
あれ?
ハドスン夫人…これは
ヤギの首じゃなくて豚の顔じゃ
ないですか!

はいはいはいはい。
皇太子殿下主催のヤギ汁会が
開かれるそうなのでヤギがすべて
売り切れなんですよ。ホームズさん
ホームズさん。
 
 
うううう。そんなことをしたら
バッキンガムがヤギ臭く。
しかし困ったなあ。
豚の顔では黒ミサはできないぞ。
せいぜいできるのは
東洋の漫才師、トミーズ健の幼少期の
誕生日パーティーぐらいですね。
豚の鼻の部分にタバコを差して
ろうそく代わりにしたという。
このトミーズ健のお父さんがまた変わった人
なんですがそれはまた別の話といたしましょう。
 
  
しかたない、
その醜悪なローストビーフで
モリアーティ教授を
おびきよせるんだっ!
来るかっ!!  

 

果たしてホームズ達はモリアーティ教授を
捕まえることができるのか!?
つづく!

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